井岡弘樹さんの不妊・妊活情報!男性不妊が発覚。【妊活した有名人】
井岡弘樹さんは、男性不妊が発覚し、不妊治療を行いました。
井岡弘樹さんは、第11代WBA世界ライトフライ級王者、初代WBC世界ミニマム級王者、第2代日本ミニマム級王者のタイトル経験のある、日本の元プロボクサーであり、現在はよしもとクリエイティブ・エージェンシーとマネジメント契約を結んでいるタレントとして活動する傍ら、井岡ボクシングトレーニングジムの会長も務めています。
そんな井岡弘樹さんは、男性不妊が発覚し、不妊治療を行い、最終的に体外受精という治療法で子宝に恵まれたという経験をしています。
井岡弘樹さんの経歴、芸歴は?
井岡弘樹さんは、元々は野球少年であり、南海ホークス友の会会員でもあったのですが、赤井英和さんに憧れていたため、赤井英和さんが所属する三和ツダジム(現・グリーンツダジム)へ入門し、その当初から将来の世界王者として津田博明会長に期待されます。
そして、柴田国明さん、藤猛さん、海老原博幸さん等の多くの世界王者を排出した名伯楽エディ・タウンゼントの指導を受け、後にエディ・タウンゼントが指導した最後の世界王者となります。
そして、プロデビュー前の少年の指導をエディ・タウンゼントが任されるということは異例でしたが、井岡弘樹さんは津田会長の期待通りに成長します。
井岡弘樹さんは、プロデビュー前から世界ランカーや日本王者クラスの選手を圧倒する実力を身に付けていき、三和ツダジムでの合宿を経て、義務教育終了と同時に17歳でプロデビューを果たします。
井岡弘樹さんは1986年1月23日、関西の選手としては異例の後楽園ホールでのプロデビュー戦を行い、3回KO勝利でプロデビュー戦を飾り、恵まれた体格を生かしたアウトボクシング、軽量級らしい伸びのある左ジャブ・右ストレートを武器にそれ以降も連勝を続け、国内最年少の18歳9ヶ月10日でWBC世界ミニマム級王座を獲得しました。
また、1991年12月には、WBA世界ライトフライ級王座も獲得。これにより、柴田国明さん、ファイティング原田さんに続き史上3人目となる世界王座2階級制覇を達成します。
ただ、井岡弘樹さんは、サウスポースタイルの対戦相手を苦手としており、所属ジムの会長が世界戦以外はマッチメイクでサウスポーの選手との試合を避けていたというエピソードもあります。
2002年8月25日、井岡ボクシングジムを兄である井岡一法さんとともに設立し、初代会長を務めます。
また、井岡弘樹さんは、2007年に高校を卒業し、現在は大阪経済大学に在籍中です。2013年2月、西日本ボクシング協会会長選挙が行われ、見事に当選を果たし、4月1日より任期3年で会長に就任しました。
2013年6月1日には、同日付で井岡ジムの会長職を兄の一法さんに禅譲。
井岡弘樹さん自身は、井岡ジムの別施設が独立して西日本協会に加盟した「井岡弘樹ジム」を設立して、同ジムの会長となります。
また、その頃、関西ローカルTVのバラエティ番組等に天然系キャラで時折出演するようになり、月亭八光さんとは同番組で頻繁に絡んでおり「会長」と呼ばれています。
井岡弘樹さんの現役時代のライバルに、大橋秀行さんという、元WBA・WBC世界ミニマム級王者で後に日本プロボクシング協会会長も務めた方がおり、当時のファンから両者の対戦が熱望されていましたが、結局は実現しませんでした。
ただ、2012年6月20日に、自身の甥(兄・一法さんの長男)で愛弟子である井岡一翔さんが、大橋秀行さんの愛弟子である八重樫東さんと世界王座統一戦を戦ったため、この一戦は「20年越しの代理戦争」と報道されました。
井岡弘樹さんは、2003年に結婚していますが、子供がなかなかできず、夫婦喧嘩をすることもあったようです。
その不妊原因は奥様のほうにあると思い込み、不妊治療を進めていくと、不妊の原因は奥様ではなく、実は井岡弘樹さん自身の「乏精子症」にあるということがわかったそうです。
ボクシングの世界チャンピオンになるには、想像を絶するほどのトレーニングが必要ですが、その厳しい練習や減量等によって身体を痛めつけていたため、現役引退する頃には既に造精機能に影響が出てしまっており、もうほとんど「乏精子症」になってしまっているような状態だったそうです。
男性不妊の9割以上を占めるのが、精子をつくる機能に問題のある造精機能障害です。
「乏精子症」とは、この造精機能障害によって、射出された精液中の精子濃度が低い状態となってしまっていることをいいます。
そのため、夫婦生活による自然妊娠が困難であると考えられます。
そのためか、井岡弘樹さんの場合は、人工授精2回、体外受精1回を行い、最終的に体外受精にて妊娠に至りました。
具体的には、井岡弘樹さんが「乏精子症」のため、精巣から直接精子を取り出し、奥様の卵子と体外で受精させ、奥様の子宮に再び戻して妊娠となったとのことです。
不妊治療というと、ネガティブなイメージが先行し、情報が公にならないということが多くなっており、特に男性の不妊に関する情報はなかなか表に出てこないのが現状です。
そんな中、井岡弘樹さんは、あえて自身が男性不妊であることを公表し、世の中の自分と同じように不妊に苦しんだり、悩んでいる男性を応援されました。
このことは、たくさんの不妊に悩む男性を励ますことになったと思います。
今後は、奥様と共にお子様を大事にして、幸せな家庭を築いていってほしいなと思います。